資産になる若手、コストで終わる若手

最近、マネージャー同士でよく話題にしているのが、期待する若手の成長についてである。どう指導すれば伸びるのか、逆にどう接してもなかなか伸びないのか。ワタシの持論は「成長する人は何もしないでも自分の力で成長するし、成長しない人はいかなる作用も影響ない」だ。ただ組織としてはそういうわけにもいかない。


若手がまず「会社に投資してほしい」と思うのは自然なことだろう。自分はまだ未完成だから、成長のために機会を与えてほしい、育ててほしい。そう願う気持ちは理解できる。ただ自ら学ぼうとしないのに、会社に投資を求めるのは筋が通らないよ、と思ってしまう。イマドキ的には誤った考え方なのかも。

金融にたとえるなら、成長の見込みが示されない銘柄に追加投資をすることはできない。リターンが期待できない以上、それは資産ではなくコストにしか映らない。


では、どうすれば資産と見られるか。資産と見なされる若手は、会社からの投資を待つ前に、すでに自分へ投資している。資格を取る、書籍を読む、新しい技術を試す。小さな積み重ねを自分で続けているし、それをきちんとアピールしてくる。しかも自然に。そうした姿勢を見せてくれると、成長するフィールドや機会を与えようと考える。


会社は万物神ではない。すべての若手に同じだけの投資と愛を注ぐことは難しいのが現実だろう。投資してほしいと願うのは自然だが、投資されるに値する存在であろうとする努力は欠かせない。


と偉そうに書きつつ、ベテランたちも同じだし、自分自身にも厳しくありたい。投資される側になれているか、日々の言動・態度や積み重ねで示せているかを問い続けること。もしかすると自分は今、組織にとって重荷になっているのかもしれない。